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ラオスの歴史

  桃源郷と言われるラオスはどのように成り立ったのでしょうか
ラオスの歴史は、中国南西部(現在の雲南省中心)にあったナンチャオ王国(南詔国)の支配領域が
南下し、この地に定住者が現れた時代に始まります。

王国滅亡後の1353年に、ラーオ族による統一王朝ラーンサーン王国が建国され、その勢力は
現在のタイ北東部やカンボジア北部にまで及びました。しかし、18世紀には3国に分裂し、それぞれ
タイやカンボジアの影響下に置かれ、両国の争いに巻き込まれる形で戦乱が続きます。

19世紀半ばにフランス人がインドシナ半島に進出し始めた頃には、ラオスの3国はタイの支配下に
ありましたが、ラオスの王族はフランスの力を借りて隣国に対抗しようとし、1893年にフランスの
保護国となり仏領インドシナ連邦に編入されました。

第二次世界大戦中に日本に占領された後(日本支配下の1945年4月8日に独立宣言している)、
1949年、フランス連合内のラオス王国として名目上独立。
その後1953年10月22日、フランス・ラオス条約により完全独立を達成しました。
独立後、ラオスでは右派、中立派、左派(パテート・ラーオ)による内戦が長期にわたり続きます。

1973年、アメリカがベトナムから撤退、1974年三派連合によるラオス民族連合政府が成立しまし
たが、1975年南ベトナムのサイゴンが陥落すると、12月連合政府が王政の廃止を宣言、「ラオス
人民民主共和国」を樹立しました。

1977年12月、在ラオス日本大使館杉江清一書記官夫妻殺害事件が発生。
犯行動機など不明な点が多く、政治的犯行を示唆する発表がラオス国営放送から成されました。

2007年6月、アメリカに亡命したミャオ族の元王国軍将軍とアメリカ軍退役少佐によるクーデター
計画が発覚。関係者はアメリカ司法当局により局外中立違反で逮捕されました。

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・1975年 - 共産主義のラオス人民民主共和国が成立。
・1980年 - タイと国境紛争。
・1980年 - ラオス人民革命党、中国共産党と関係断絶。
・1986年 - 新経済政策(チンタナカンマイ)を導入。
・1987年 - タイと国境紛争、タイ空軍機1機が撃墜される。
・1988年 - ラオス人民革命党、中国共産党との関係改善。
・1991年 - 憲法制定。ラオス人民革命党の一党独裁体制維持を確認。
・1992年 - カイソーン大統領死去。
・1997年 - 7月23日 東南アジア諸国連合(ASEAN)に加盟。
参照元:Wikipedia

  ラオスの今
今ラオスは、首都ビエンチャンを中心に開発がどんどん進んでいます。
ラオスとタイを結ぶ友好橋に鉄道が敷設され、また2009年12月には、ビエンチャンでSEAゲーム
(アセアン諸国の国際スポーツ大会)が開催されるため、大きな競技施設も建設されています。
ラオスが今、変わり始めているのです。

しかしこれは、開かれ始めたラオスを訪れるチャンスが増えたとも捉えられます。
「癒し」と「悠久」という言葉がどこよりも似合うラオスを、みなさんも一度味わってみてはいかがでしょうか。

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